|
古い着物 |
が人気だという
私がそれを知ったのは、3,4年前。
だから、かなり遅れている
例の銘仙No1 のくだりで書いた
あれが古着屋さんへの行き始め。
年齢、環境、状況によって
着たい着物って違ってくる
と、前にも書いたが
同様に
古着の着方も年齢によって違うと思う
私が古着をそのまま着ると寸法が合わないし
それに何と言っても汚らしく見える
私の年齢では古着はあくまで古着としか見えない
だから洗い張りし、胴裏、八掛を新しく変える
そうして、仕立てあがった着物を見ると
布が、生き返えり
本当に自分の着物になった気がする
ただ同然で買った古着でも
それだけ、手入れをし直すと
かなり高いものにつく。
そう、お金がかかる
だけどお金をかけるとげんきんなもので大事に扱う
私はこの大事にするという気持
これが大切だと思う
いつの時代も
女達は着物をいとおしんできた
どんなに粗末な着物でも
ある人にとっては一張羅であったかもしれない
普段着であれば傷みやすいから
尚更大事にした
着物は日本の文化
とはよく聞く言葉であるけれど
着物そのものだけが文化なのではなく
見えない部分にも決して手を抜かず
機能、合理性と裏表に
必ずや美的感覚を併せ持たせている着物
手入れの面倒くささや始末の煩わしさも
厭わずに、いや、それ故に
大事に汚さないように所作に気をつけて
着物と共に暮らしてきた先人達
これらすべてをひっくるめての着物なのだ
ポリだから、ウールだから、古着だから
だから汚してもいい・・・という事はない
大事にしている様を子供に見せておくのも必要
でないと、よそ行きを着た時
子供はいつものつもりでかかってくる
だって、子供はわからないもの
子供だから障子は破いてもいいのだ
ではなくて、破いたら注意をしないと
それでも、子供は破る
それが子供。
そしたら、きれいにお母さんが切り貼りをする
又破る、又切り貼りする
この繰り返し、これが大事
破るからといって、障子紙をプラスチックに
代えてしまっては、便利かもしれないけど
一つの文化は消えてしまう
文化って、日常生活における習慣だと思う
決してご大層な事ではなく
毎日毎日の生活の中で繰り返ししている事
着物も手がかかり、厄介な代物である
だからこそいとおしいのかもしれない
しかしながら
若い人はすごい。さすが。
私が着るとマイナスとなるものを
ものの見事につっぱねている
跳ね飛ばしている
襦袢の袖丈、着物の袖丈、羽織の袖丈
合ってなくとも、それでいいのさ
だって、着たいんだもん!
少しくらい汚れていたって、どうって事ない
だって心がうきうきしているんだもん!
そんな気持が溢れていて、何ともうらやましい限り
センスがいい
古着の中から上手にすてきな着物を探し出す
それを難なく着こなす
自由自在で、感性が光っている
実にうらやましい!
自由に好きに着物を選べるなんて
今はそれが許される時代なのだ
2001年5月6日