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横浜開港資料館
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玉楠の木→
日米和親条約はこの木の下で結ばれたと言う。 その玉楠の木は関東大震災の折に焼けてしまったのだけれど 燃えて真っ黒になった切り株から出た芽、 それから再生したものとの説明書きがある。 焼ける前の木は漁民たちが海から目印にしていたほどの大木だったという。 |
かつてのイギリス領事館が、今は横浜開港資料館となり、
開港をテーマにして、幕末からの横浜に関する資料が
新館の方で多々展示されている。
そしてここは
黒船でやって来たペリー提督が、日本に初めて上陸した場所。
ここで、日米の間に和親条約が結ばれたそうだ。

この絵の中で右端に書かれている木は、
現在でも旧館と新館を結ぶ中庭に繁っている。
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大玉楠の周りにはベンチが置かれ、ゆっくり憩える、。
開港資料館に隣接してあるのが「開港広場」。
その向かい大桟橋入口前交差点のシルクセンター側の角地にあるのが
「英一番館跡」の碑。
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ここはかつての居留地1番地で、英国貿易商社ジャーディン・マセソン商会があった場所
。
開港当時はここは海岸の淵であったらしい。

ジャーディン・マセソン商会は香港を中心に、アジア各地に支店を持ち活動していたが
1859年横浜開港と同時に来航した。 |

今では昔のよすがを偲ぶべきものはなく、あまりにも残念な環境。
でも、こんなバスが走ってます あかいくつ号
で、山下公園の方へ進むと
旧イギリス7番館
かつては1番から2番、3番4番と並んでいたのであろが
現在、山下公園の前に7番館が残っている。
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