ブログの方にも書きましたが、

「簡易おはしょり」とは何ですかという質問を何人かの方に頂いたので、

以前アップしていた記事(?)を再掲載します。

尚、これは最近うきうきに来てくださるようになった方用なので、

古くからのお馴染みさまは、どうかトバシテ下さいませ。

以下は

2000年にサイトを開設した、その当時アップしていたものですので、

時間的には7年前であるという事を念頭において見て下さい。

「箪笥の中」・「祖母の大島」

実家の箪笥を点検しに行った時に
洗い張りしたままになっていた大島一匹を発見

それは古く、かなり着込まれ、そして水を何度かくぐった
とても地味な大島

母方の祖母が残した大島だった

家に持ち帰り早速仕立てに出そうと、ところが、
着丈が短く裁ってありおはしょり分が全くとれない。
でも、匹物なので羽織分のほうに残り布が
今まで丈が短い場合は胴で接いでいた
その場合は身ごろも切らなければならない
この大島にはハサミをいれたくなかった

祖母は明治10年代初めの生まれ

結婚後、若くして夫に先立たれ
残された3人の子供(母は2歳であった)を女手一つで育てるも、
頼りにしていた長女をも、流行り病で亡くしてしまった

大正12年9月 関東大震災
横浜に住んでいた祖母の家も大きな被害を蒙る。
そういう中、昭和6年には私の母である娘を嫁がせる。

ほっとするのもつかの間、世の中は戦争へと。

昭和20年 横浜大空襲、
横浜本牧にあった祖母の家は焼けてしまった。
着物も帯も櫛簪も、何もかも焼けてしまった。

祖母は曾祖母を連れて伊豆の松崎に疎開する。
そして終戦。
庶民の生活はここからが大変。
わずかに残っていた着物もお米に代わってしまったはず。

こんな過酷な条件の中で
この大島だけがよく焼けずに、お米にもならず、
平成の今日まで残っていたものと感動すら覚える。

まさに明治、大正、昭和、平成と
100年にわたって生き残ってきた大島。

 

奇しくも、2000年。20世紀最後の年に、新たに仕立て直した。

羽織とお対

そうそう、着丈がとても短く裁ってあったのでした。

いつもなら胴で接ぐのだけれど、こればかりは身頃に鋏を入れる気がせず、着物の方はついたけ仕立てにして、

「匹物」であるので羽織分の方の残り布で

取り付け用のおはしょりを作った。

長着を着たら帯を締める前にこれをクルリと付けるわけです。

そうすると外見にはこのように→

ちゃんと襟、おくみ、身頃と見えるように縫ってあります

私が感動したのは、この残り布がよくぞ100年の間なくならずに、 残っていてくれたいう事。

洗い張りに出すと、出来上がってきた時に、 裁ったところが全部つながれて、一反の反物にもどって帰ってくる。
洗い張り屋さんがするこの独特な方法が、 功を奏したのだ。

洗い張りをした羽織のほうにこの布が ちゃんと繋がれていた。

ただこの簡易おはしょりは紐つきで、これがちょっと鬱陶しい。

で、

先日自分で作ったのは、長着に直接縫い付けちゃいました(子供の着物的)。

さて、着たときにどうなるでしょうか?

夏のお楽しみ。